【学部生の活躍】「文武両道の集大成として挑む、プロへの道」73期 石井玲於奈

2022年(令和4)卒 73期 石井玲於奈 L組 商

文武両道の集大成として挑む、プロへの道

1部昇格決定

2025年11月15日。この日は、私のサッカー人生の中でも特別な1日となりました。関東リーグ2部最終節。1位・法政大学、2位・駒澤大学が勝ち点46で並び、早稲田は勝ち点43の3位。昇格するためには勝利が絶対条件でした。加えて、法政と駒澤の直接対決で白黒つけば、早稲田にも昇格の可能性が残されていました。この2年間、あと“勝ち点2”が足りず昇格を逃し続けてきました。あの時勝てていれば……。あの1点を取れていれば……。そんな悔しさを胸に積み重ねて迎えた最終節でした。

 

試合の結果は、

早稲田大学 2-0 神奈川大学

駒澤大学 4-0 法政大学

 

この瞬間、私たちは 3年ぶりの関東1部昇格を達成しました。今年昇格を逃した場合、大学の強化指定部から外されるかもしれませんでした。絶対に昇格しなければならない重圧はかなり感じていました。だからこそ歓喜というより、肩の力が抜けるような“解放感”がありました。そして何より、「早稲田は1部にいるべきチームだ」という想いを、自分の代で証明できたことが嬉しかったです。

1部昇格を決めて全部員が喜んでいる様子

 憧れから始まった7年間

私が早大学院への進学を決めた最大の理由は、早稲田大学ア式蹴球部に入部したかったからです。当時のア式は関東リーグ1部で優勝するほど強く、その舞台でプレーすることに憧れていました。しかし、大学1年時にチームは1部から降格し、私が夢見ていた舞台は遠ざかり、そこから3年間、2部で苦しい戦いが続きました。昇格が決まった瞬間、後輩たちが1部でプレーできることへの羨ましさが心をよぎりました。それでも、「憧れを持って入部してくれる後輩がまた増える」と考えるととても嬉しい気持ちになりました。

早稲田での7年間は、決して順風満帆ではありませんでした。高校時代は、FC東京U-18でのサッカーと学院での学業を両立させる日々でした。周りには、自分より上手い選手や、自分よりずっと頭のいい仲間たちがいました。それは当然です。なぜなら、高いレベルの環境で挑戦したいと願ったのは、ほかでもない自分自身だったからです。それなのに、私はその環境を誇るどころか、いつしか“比較”という罠に囚われていました。自分より理解の早い者を見て焦り、自分よりフィジカルが強い者を見て落ち込み、本来なら誇るべき挑戦の舞台で、私は自分自身を追い詰めていたのです。さらに、高校時代の7日間にわたるテスト期間は、今でも忘れられないほど過酷でした。少しでも多く勉強したいけれど、サッカーのパフォーマンスのためには睡眠を削れません。この“勉強したい自分”と“サッカーに集中したい自分”の間で揺れ動き続け、そのバランスを取ることが本当に難しかったです。あの7日間は本当に苦労の連続で、正直に言えば、もう二度と経験したくないと思うほどでした。

大学に入ると、今度は怪我に苦しみました。大学生活の半分はリハビリだったと思います。怪我さえなければもっと上手くなれた——その悔しさが常に心にありました。しかし、苦しい日々の中でも素晴らしい経験はありました。2年時には新人戦全国優勝。3年時には、ア式蹴球部100周年の記念すべき国立競技場での早慶戦。1万人の観客の前でプレーしたあの瞬間は、今でも鮮明に覚えています。

新人戦全国優勝 学院卒の3人 筆者右端

国立競技場での早慶戦 4-0勝ち

夢から現実へ、そして再び夢へ

私の将来の夢は、小さい頃から“プロサッカー選手”でした。好きなことでお金をもらえて、多くの人から応援される——その魅力に強く心が動きました。しかし成長するにつれて、現実が見えてきました。サッカーで食べていくことの厳しさ。怪我で一瞬にして選手生命が途切れること。セカンドキャリアの方が長いこと。だからこそ親の言う通り勉強も手を抜きませんでした。早稲田にいるからこそ広がる人生の選択肢。大学3年までは、「J1から声がかからなければ就職しよう」と心に決めていました。大怪我で1年を棒に振った時は、実際に就職活動に取り組みました。そんな時、中学時代の仲間がJ1クラブに内定しました。その知らせに強い悔しさが込み上げました。その悔しさが、はっきりと自分に教えてくれました。「私はプロサッカー選手として生きていきたい」と。母は“好きなように生きなさい”と背中を押してくれます。一方で、父は安定した仕事を望んでいます。お父さん、学費を払ってもらっていたのにごめんなさい。この悔しさを抱えたまま就職すれば、私はきっと一生後悔すると思います。だから私は挑戦する道を選びます。「プロになる」という選択肢がまだ残っている今、逃げずに、前に進みます。

最終節にて 大隈重信翁とツーショット

最後に

 学院時代、クラス替えがなく、部活に所属していなかった私は、他クラスとの交流機会が少なかったことを今では少し後悔しています。学院には本当に優秀な仲間が多く、もっと自分から関わりにいけば、新しい価値観や刺激を得られたのではないかと感じています。それでも、この7年間で得た経験、悔しさ、喜び、そして仲間は、私の財産です。本来であれば、プロサッカー選手として本稿を書ければ良かったのですが、まだその夢は叶っていません。年明けにはいくつかのチームに練習参加させていただく予定です。どうなるかは分かりませんが、良いご報告ができるよう全力で挑み続けます。最後になりますが、学院に関わる皆様のご健康とさらなるご活躍を心からお祈り申し上げます。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。