【今思うこと】「偏愛」授業と、「起業」 62期 吉村直途

 2011年(平成23年)卒 62期 吉村直途 I組 政経

(写真:学院の卒業アルバムより)

「偏愛」授業と、「起業」

[自己紹介]

2008年入学、I組・ドイツ語の吉村直途と申します。小学校時代からサッカーを始め、学院時代は部活ではなく街クラブの「三菱養和SC」に所属して活動。大学時代は、「稲穂キッカーズ」というサークルに所属し、現在もOBチームでプレーしています。早稲田大学政治経済学部を卒業後、伊藤忠商事(株)に入社し、7年後の2022年3月退社、「Well Body(株)」を友人と共同創業し、COOを務めています。

学院は、「偏愛」でできている

 僕は、学院という異質な場所が大好きだ。高校とは思えないほどの、自由、否、放任主義。一方で、年間10%弱が留年する実力、結果主義。サブカルからスポーツまで、皆が己の「偏愛」を追求する校風。そのすべてが大好きだった。

 学院の大好きなところはたくさんある。そして、それらすべてが僕の人生に影響を及ぼしていると断言できる。その中でも、あえて挙げるとしたら、学院とは、この3つが「らしさ」なのではないかと思う。

「偏愛」

「本質の追求」

「Going My Way」

 学院生活において、これらを感じる、「ならでは」のイベントはたくさんあるが、先述の通り、僕は外部のサッカーチームに所属していたこともあって、学院時代の思い出や、パーソナリティに強く影響を与えた出来事は、学院祭や部活よりは、意外と「授業それ自体」だったと思う。その中でも、特に「学院らしさ」を強く表す授業をぜひ紹介したい。

「偏愛」が突き抜けた授業

「代返」が成り立ち、一度も出席の必要がない授業や(もちろん、代わりに返事をしてくれる良き友人を見つける必要がある)、授業の95%を雑談が占め、最後の数分で非常に高度な板書を残していくという、アーティスティックな数学の授業(先生は『情熱大陸』にも出演されていた柳谷晃先生)、それとは裏腹に、朗読、シャドーイング、こまめなQAを、極めて張り詰めた空気で進める英語などなど、例をあげたら枚挙に暇がないが、その中でも特に印象だった授業がある。

 それは、現代国語。先生のお名前は、「相沢毅彦先生」だった。当時はまだ30代前半くらいの若かった先生の授業が、僕の中で大きな存在となっている。

 題材は、村上春樹の短編『納屋を焼く』。主人公「僕」と、結婚パーティで出会い、付き合っている「彼女」。そして「彼女」には、複数のボーイフレンドがいて、そのうちの一人「彼」が登場する。その「彼」とたまたま「僕」が話したとき、「彼」は、「時々、納屋を焼く」という。近々、「僕」の家の近くの納屋を焼くと。再び「彼」に会った時に、「彼」はすでに「納屋を焼いた」というが、「僕」はその納屋を見つけられない。ほどなくして、「彼女」が「僕」の前から消える。

 抽象的かつ、隠喩に満ちた村上作品の本質をあらすじだけで伝えるのは困難だが、ざっくりいうとそういう話である。

 これを、半期を通して、考察に考察を重ねるという授業だった。時にはグループに分かれ議論し、発表したり、先生がヒントを出したりする。その中で、僕のクラスの天才が、小説という正解がない世界における、この世で初めての「小説における唯一の正解」というような考察を先生に提出し、先生はそれを全員に配布した。

 考察についてもかいつまんだ内容で、無礼極まりないが、ざっくりいうと、「自分が見えている世界は、自分のレンズから見た一部に過ぎず、他人から見たそれは全く異なるものである。そして、自分が見えている世界から、人は簡単に消えていく。まるで死んだかのように。」というような内容である。

 この授業において、村上春樹の含蓄に富んだ美しい文章や、同級生の天才(彼はのちに、大学で大熊奨学金を獲得したと記憶している)など、印象深いことは多いが、そもそも「この題材について半期かけて議論しつくす」という授業が僕は大好きだった。これこそは、大学受験から解放された、学院という自由な環境だからこそできる、「Going My Way」を突き通す、アイザワ先生の「偏愛」なのだろうと思う。学院生が、今後の人生で必要なこととは?という本質を追求した結果、このような内容になったのだと思う。

 

(写真:「偏愛」授業を受けたI組のみんな。体育祭のフットサル優勝時)

 それ以降、小説や映画など、常に隠喩を考えながら見るようになったことや、村上春樹が好きになり、ほとんどを読み漁るに至るなどの小さい変化から、自分が見えている世界は、確かに自分のレンズから見た小さな世界でしかないことを痛感し、インドに一人で旅に出るといった、その後の人生にも影響を与えうる経験につながった(もちろん、インドでの経験も、僕のレンズで見た小さな世界でしかない)。

 長くなったが、これほど本質を追求する「偏愛」に満ちた授業が大変に好きなところであり、学院を学院たらしめているところだと思っている。

自由への「偏愛」を受け入れ、起業

 大学時代はサークル、稲穂キッカーズや朝日新聞社での超高給バイトなどを通し、様々な経験を積んだ。卒業後に入社した伊藤忠商事では、繊維カンパニーという部署で、世界を飛び回りながらブラジャーを生産し、その後、ファミリーマートに出向、「ファミマソックス」で大変有名になった、ファミマオリジナルのアパレルブランド「コンビニエンスウェア」を立ち上げた。長くなるので詳細の経験は割愛するが、これらの経験を通して、強く思ったことがある。

 学院で培った素養である、本質を追求し、「自由という名の実力主義」を愛する自分にとっては、サラリーマンという働き方に疑問を持つことが多かった。大前提として、伊藤忠は大大大好きな会社であり、もう一度生まれ変わっても、伊藤忠をファーストキャリアとして選ぶと思うくらい大好きである。また、サラリーマンという働き方や働かれている方に異議を申すつもりも毛頭ない。単純に、「向き・不向き」の問題だと思う。その前提のもとではあるが、僕はサラリーマン時代7年を通して、強く、自分には合っていないと思った。それはなぜかと考えると、確実に学院で培った考え方が根底にあると思った。

「なぜ、結果という本質には関係ないと思われるような仕事があるのか?」

「なぜ、人生を左右されるであろう住む場所や、やる仕事などを自分で決めないのか?」

「なぜ、好きでないことをしなくてはいけないのか?」

 そのようなことを考えてしまうことが、学院生の癖なのではないかと思う。僕もその一人であり、本質に立ち返り、自由を愛するという「偏愛」を受け入れ、「Going My Way」を地で行くため、会社を辞め、起業するに至った。

 健康、周りの人と自分の幸せ、それがすべて

(写真:Well Body㈱創業時。大人になりました)

  事業内容も、人生の本質を追求した結果だ。つまり、「なぜ人は生きているのか?働くのか?」。

「健康でい続け、家族、友人、かかわるすべての人を幸せにすること」以外、何があるのか。どれだけ仕事で成功しても、健康を害したら、幸せではないと思う。大切な友人や家族を失ったら、不幸だと思う。

 では、働く人を本当に健康にできて、かかわる人が幸せになれる会社を作ろうと思い、起業をした。「Well Body(株)」という屋号で、理学療法士の企業出張施術などを展開している。

 学院生の癖を発揮し、人生の本質を追求した結果、「健康こそが最も尊い」という思いに行きついた経営者の皆様、ご連絡お待ちしております!

  学院よろしく「結果がすべて」の起業の世界、言い訳せずに頑張りたいと思います。

 

【Well Body株式会社について】

代表:水野純一

設立:2022年9月

本社:東京都渋谷区渋谷1-3-18 ビラ・モデルナC1003

事業内容:企業向けフィジカルケアサービス「オフィストレッチ®」、店舗事業「CEL」等

ウェブサイト:https://offi-stretch.com/