【思い出】「早早戦観戦」33期 井上義夫
1982年(昭57)卒 33期 井上義夫 G組 理工
早早戦観戦
野球部出身でもない自分が野球について語るのは甚だ恐縮ですが、学院野球部に対する熱いエールとご理解頂き、何卒ご容赦ください。
今年も、ワールドシリーズ、日本シリーズ、そして秋の早慶戦が終わり、野球シーズンが終わった。大リーグは、日本人選手の活躍が日本に大きな喜びを届けてくれた。日本のプロ野球は、王者ソフトバンクの貫禄勝ちで終わったが、個人的には学院OBの日本ハム・山縣選手の活躍に酔いしれた。CS最終戦での大怪我がとても気掛かりだが、来期も痺れる守備で私の心を熱くして欲しい。
ここで、時計の針を1980年に戻す。私は学院の2年生。スキーと雀荘で青春を謳歌していた。夏休みに同年代のヒーロが登場した。早稲田実業の荒木大輔投手。彗星の如く現れ、1年生ながらチームを甲子園の決勝戦に導き、社会現象とも言える熱狂 “大ちゃんフィーバ”を作り出した。その夏、旅行先の長野で宿のおばちゃんから 『どこの学校?』と尋ねられ、少々誇らしげに『早大学院です。早稲田の付属です。』と答えた、おばちゃんからは『荒木投手と同じ学校ね。あんた凄いわね。』と言われた。17歳で幼かった私は、『違う学校です。荒木投手の学校より、入るのが難しい学校ですよ。』と言いたかったが流石に言えなかった。
それから30年が過ぎた2010年7月23日、関西在住のサラリーマンとなった私は出張で東京・国分寺いた。そこで、翌日の土曜日に早大学院対早稲田実業(早早戦)があることを知った。風の噂で、早実が共学となり早稲田から国分寺に移り、西東京に鞍替えしたことは知っていたが、まさか学院が早実と対戦。それもベスト4で神宮球場だ。心が躍った。学院時代からの長い付き合いの友人に誘いの電話を掛け、関西への帰宅を延ばし、応援に行くことを決めた。翌日、試合開始予定時間の30分前に神宮に到着。しかし、前の試合が延び、試合が中々始まらない。結局、一緒に来た友人は時間切れとなり、試合を見ずに仕事に向かった。一人になってしまったその時、もう何十年も会っていないC組の同級生二人が私を見つけてくれ、“ヨシオ~、こっち来いよ”と声を掛けてくれた。学院の絆は有り難い。試合は早実が3点先制、学院も頑張り2点返した。しかしそこまで。早実が勝った。奇跡は起こらなかった。

8年後の2018年、東京勤務になり3年が過ぎた。早早戦が三度巡ってきた。今度は3回戦八王子スタジアム。幸先良く学院が3点を先制、その後の早実の反撃2点に抑え、7回まで3-2で学院がリード。もしかして・・という気持ちが芽生えた。しかし、8回、9回に怒涛の攻撃を受け9失点。壁は厚かった。応援団の “早実、チアリーダが居て羨ましいぞ”という本音か天邪鬼の男気か良くわからない掛け声に笑い、後輩たちと一緒に歌った。

“紺碧の空”が心に残った。ユーモアは大事だ。
そして2025年。私が駆け抜けた昭和・平成と世の中は変わり、個々の可能性も良い意味で変わっている。私が学院生だった頃には“日本人選手が大リーグで活躍”、“学院出身のプロ野球選手誕生”は想像すらできない話だった。後輩方々が大きな夢を描き、ひたむきな努力を続けて、色々な分野でブレークスルーを起こし、心が熱くなっている自分を想像することはとても楽しい。まずは、野球部が早早戦に勝利し西東京代表として甲子園に出場、そして優勝を手にすることを切に祈っている。2023年の慶応高校のように・・・。

近影


