【追悼】 河野洋平氏の思い出とご著書『道程(みちのり)』 同窓会長 本木 弘悌 (学院長)
学院長 本木 弘悌
河野洋平氏の思い出とご著書『道程(みちのり)』
高等学院第6期(1955〈昭和30〉年3月卒業)の河野洋平氏が、2026年6月8日に逝去されました。学院在学時はB組に所属され、組主任は弘法春見先生(英語)でした。政治経済学部を卒業後、商社勤務を経て、1967年に衆議院議員選挙に出馬し、初当選。以後、14期連続当選を果たされ、新自由クラブ代表、科学技術庁長官、内閣官房長官、自由民主党総裁、副総理、外務大臣などを歴任されました。2003年から2009年までは衆議院議長を務められ、在任期間2029日は当時、憲政史上最長の記録でした。
葬儀はご親族によって執り行われ、2026年8月5日には、自由民主党などが主催する「偲ぶ会」がオークラ東京で開催されました。実行委員長を務めた高市早苗総理をはじめ、麻生太郎自民党副総裁、各党の党首・代表、各国大使など、多くの要人が参列され、河野氏の人望の厚さを改めて感じました。
河野氏は高等学院から大学にかけて競走部に所属され、後に日本陸上競技連盟会長も務められました。また、2005年から20年以上にわたり、早稲田大学稲門体育会の会長として、母校のスポーツ振興に尽力されました。2026年9月14日には、稲門体育会と早稲田大学競技スポーツセンターによる「河野氏に感謝する会」が大隈記念講堂で開催されました。田中愛治総長、関口一行稲門体育会会長、櫻井孝次早稲田アスレチック倶楽部名誉会長、川淵三郎日本サッカー協会相談役から感謝の言葉が述べられ、最後にご長男の河野太郎氏が挨拶されました。政界引退後も各方面で活躍を続けられた河野氏ですが、とりわけ早稲田大学との関わりは深く、母校への思いは並々ならぬものがありました。
(「河野氏に感謝する会」の詳細は、早稲田大学ホームページをご参照ください。)

逝去される直前の2026年4月17日には、早稲田大学出版部から、ご自身の生涯を振り返った『道程(みちのり)』を上梓されています。その第3章「あこがれの早稲田へ」には、高等学院の受験から大学時代までの思い出が生き生きと綴られています。父・河野一郎氏の母校である早稲田大学にあこがれ、高校は高等学院に進学しようと志したこと。受験を終えて会場から出てくると、父が高田牧舎で待っていて、カレーライスをご馳走してくれたこと。合格後は、毎朝6時過ぎに自宅を出て、平塚駅から品川駅、高田馬場駅と乗り継ぎ、そこから歩いて高等学院まで通われたこと。当時の高等学院は、現在の文学部・文化構想学部がある戸山キャンパスに校舎を構えていました。校舎の北側には競走部が練習する400メートルトラックがあり、体育の授業では箱根駅伝の選手だった濱部先生によく走らされたそうです。その濱部先生に勧められて競走部に入部し、大学では主務としてインカレ連覇に貢献されました。また、高等学院在学中、最も関心を持って取り組まれたのが生徒会活動だったといいます。3年生の秋には執行部の一員として、活動の計画から実行まで携わりました。当時、生徒会長を体育サークルか文化サークルから選出しようという動きがあったのに対し、河野氏は各クラスの代表であるクラス委員から選出すべきだと主張し、仲間とともに候補者を擁立して実現させました。この経験には大きな達成感があったと記されています。後に政界で発揮される調整力や行動力の片鱗を、すでにこの頃からうかがい知ることができます。

写真1:生徒会活動(右から3番目が河野氏)『道程』より
政界引退後、河野氏が高等学院の卒業式にお越しになり、壇上から祝辞を述べてくださったことがありました。司会から河野氏の紹介があった瞬間、会場では多くの方がカメラを向けられました。政界を引退されてもなお、その知名度と存在感の大きさに驚いたことを覚えています。その後、河野事務所の方からうかがった話では、久しぶりに高等学院を訪れた河野氏は、「やっぱり、高等学院の雰囲気は好きだな」と上機嫌で話され、毎年でも卒業式に参列したいとおっしゃっていたそうです。こうしたお話に接すると、遠い存在に思える偉大な先輩が、同じ学び舎で青春時代を過ごした身近な先輩として感じられ、親しみが一層深まります。

写真2:高等学院時代の河野氏 (河野洋平事務所提供)
私が河野氏に最後にお会いしたのは、昨年11月に開催された稲門体育会総会の席でした。隣の席となり、さまざまなお話をすることができました。学院競走部のOBの方々から、かつて河野家で合宿をしたことがあるとうかがっていたので、その話題を持ちかけると、「小田原の家のことだね」と、懐かしそうに笑みを浮かべながらお話しくださいました。毎年、総会でお会いできるものと思っていましたので、次にお目にかかった際にお話ししたいことを、書き留めておりましたが、その機会は二度と訪れることなく、今となっては残念でなりません。
河野氏と接するなかで印象に残っているのは、その穏やかなお人柄です。物腰は柔らかく、周囲の人々に自然と親しみを感じさせる一方、内には静かな情熱を秘めておられました。多くの人々を惹きつけ、束ねる力をお持ちだったことが、政治家としての歩みからもうかがえます。ご著書『道程』は高等学院にもご寄贈いただきました。偉大な先輩の功績と、その原点ともいえる学生時代の姿を、現在の学院生たちにも知ってもらいたいと思い、ご著書『道程』の書棚に置いています。河野洋平氏のご逝去を心より悼むとともに、氏が生涯にわたって大切にされてきた早稲田への思い、そして高等学院への愛情を、これからの世代にも受け継いでいきたいと思います。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


