【思い出】 「思い出のサッカーボール」 25期 森田勉

1974(昭和49)卒 第25期 森田 勉 理工 

思い出のサッカーボール

 

 早稲田の修士課程を修了してすぐに法政大学第一中・高等学校(現法政大学中学高等学校)の教諭となり、途中約1年間の民間企業経験はあるが、その後昭和第一学園高等学校、そして現在の岩倉高等学校と40年目の教職生活を続けています。前任校の校長時代に「人は思春期の思い出を引きずって生きている」という言葉があります。私はとても気に入っていて高校生や入試説明会での保護者や中学生相手に披露しました。この言葉は安田教育研究所の安田理先生に教えていただいた言葉で、ご本人了解の上で使わせてもらったものです。  

 「思い出を引きずっている」というと少しネガティブな印象を持つかもしれません。そこは、「・・・の文化を糧に生きている」と言い換えても良いと思います。また、「思春期」のところを「青春期」としてもいいでしょう。思春期とは一般的には小学校高学年から高校3年生ぐらいまでの期間を指していて、心身ともに大人になるための準備期間でもあります。また、青春期は14、5歳から24、5歳の期間ぐらいを指しています。どちらの言葉を使っても、まさに多感な高校3年間は思春期、青春期の真只中にあるというわけです。高校を卒業してからだいぶ年月が過ぎた今日この頃ですが、先の言葉に、つくづくそう思うようになっています。その思いをずうっと引きずっているから、教員の仕事に就き、そして今でも辞めないでいるのかもしれません。

 みなさんはいかがですか? 私の新春期の初めのころの強い思い出として、小学校5年生のときに親に買って貰ったサッカーボールがあります。それを使って毎日のように近所の空き地で、いわゆるストリートサッカーに興じたものです。今から思えば、小さなゴム製のボールで、現在の小学生が持っているようなしっかりとした革製の縫いボールではありませんでした。しかし、チャチなゴムボールであっても、それは私にとっては心に残る大事な宝物です。なぜなら、そのときからサッカーとは切っても切れないほどに関わりを持つようになったからです。サッカーは見るのも実際にプレーするのも、そして指導者としてチームを率いるのも好きで、いわば私の生きがいと言ってもいいでしょう。半世紀にもなる長いサッカー人生の中で、学院時代のサッカーボールにまつわる思い出深い話を二つほど紹介しておきましょう。

1973年10月 都立西高戦前 ウオーミングアップ中

 いずれも学院3年生のときの試合中の話です。ポジションがゴールキーパーだった影響か、とりわけボールに対しての執着があるのかもしれません。

 一つ目は、その感触を忘れることができないボールの話です。私が学院生の時代は、ゴールキーパー用の手袋というものが現在ほど普及していませんでした。したがって、ほとんど素手で練習に取り組み、試合に臨むことが普通でした。したがって、相手選手の蹴ったボールをしっかりと素手でキャッチできるかどうかは、かなり練習を積んだ上での技術を要します(自慢ではありませんが、手の指10本すべての「突き指」経験があります)。表現するのが難しいのですが、上手になってくると、良いボールは自分の身を助ける道具にも進化します。大げさに言うとその境地に達すると言えばいいでしょうか。ダイビングキャッチの際、ボールは身体全体の衝撃を着地時に吸収してくれるのです。空中でキャッチしたあと、ボール、腕、上半身、腰、そして最後に脚と、(水しぶきがあがらない高飛び込みの着水のように)自然体の美しさを体現できます。ちょうど18歳の誕生日に行われた国立競技場での早慶戦前座試合で使用されたエナメル塗りのボール(ナイター用の特別仕様のボール)が、まさしくそういうボールでした。吸い付くようなエナメル皮と心地よい芝生の感触が今でも残っています。そのボールの感触とダイビングキャッチがはまったときの心地よさは、忘れられません。

1973年11月 国学院久我山戦 『ナイスキーパー』の声を励みに

 二つ目のボールは、あのときの経験は一体どういうものであったのだろうと、とても不思議な体験についての話です。現代風に言えば「ゾーンに入った」ということなのかもしれません。1973年9月、高校選手権都大会二回戦(対修徳高校戦)の後半、味方の反則で与えてしまったPKを相手が蹴る瞬間のことです。人間の集中力はあそこまで高まるものでしょうか。私の頭の中から一切の邪念が消えて、雑音も聞こえず、ボールしか見えない奇妙な経験をしたのです。しかもPKスポットに置かれたボールが白く輝いているようにも見えました(そのように思い込んでいるというところが性格なのかもしれません)。山を掛けることもなく、余計な気負いもなく、キックされたボールに無意識に反応してセーブしました。その直後の観客の喚声や味方選手が歓喜の表情で駆け寄ってくる姿が記憶に残っています。自分の手に収まったボールは、あのときの鋭い緊張感の中でも落ち着いた充実感を象徴するボールであったと言ってもいいでしょう。

西高戦のダイビング『 ゴールキーパーの醍醐味』

 これらのことは、なかなか人に話す機会がなく、ずうっと心の引き出しの中に大切にしまってあります。実体はないのですが、私にとってはかけがえのないモノです。困難な問題に直面して逃げ出したくなったり、辛くて悲しくなったりしたときに、その引き出しを開けることにしています。心の糧にしているということです。

  ところで、サッカーボールの定番といえば、白と黒の亀甲型ボールです。20枚の白い正六角形と12枚の黒い正五角形をした皮を縫い合わせ、それを膨らましています。数学的には、「角切り二〇面体」と呼ばれていますが、工作用紙で作ることはそれほど難しくありません。それを貼り合わせて白黒に塗れば良いのです。私の長男が小学生のとき、夏休みの自由研究で作り、提出したところ、銀賞をもらって喜んで帰ってきました。その息子も、小中高大とサッカーボールを追いかけました。おそらく「引きずっている」と思います(笑)。