【思うこと】 「コロナ禍で考える 科学技術=人間=自然 」 13期理事 岡本 直

1962(昭和37)年卒 13期理事 G組 岡本 直  建築

「コロナ禍で考える 科学技術=人間=自然」

 

 この度、寄稿の機会をいただいた13期卒業の岡本直です。大学は理工学部建築学科に進み、大学院を経て今日まで建築関係の仕事に携わってまいりました。学院卒業(1962年)以来、年月を重ね、早いもので後期高齢者の年齢に達しました。そんな折、今年は約100年前のスペイン風邪以来という新型コロナの感染拡大に世界が直面する時代に遭遇しました。これまでも疫病は社会の歴史的転換点となっ てきました。今回のコロナ禍に対し我々はどう対処したらよいか、私なりに感じたことをまとめてみました。

 

はじめに

 我々は、科学技術により様々な人工物を創出し、その中で快適な社会を発展させてきた。一方、人間は自然に順応した生態系を形成する生き物の一つでもある。人工物の巨大化、高度化はややもすると生態系のバランスを壊し、思いがけない事態を招くことにも繋がってしまう。今回の新型コロナという未知のウイルスとの遭遇もその現象の一つとして捉えることができよう。従って、コロナ禍を契機として、科学技術と自然の関係性をどのように適合させていくかが、益々これからの社会に課せられた大きな課題となってくるように感じる。

 

科学技術と自然の匂い

 それは3年前の夏のことだが、当時小学校低学年だった孫娘が学校の行事で信州に出かけた折、はがきを送ってくれた。その中に自然の匂いを感じたと書かれていた。普段、都内のマンションに暮しており、自然の中で遊ぶ機会が少なく、それだけに新鮮に感じたものと思う。マンションが普及し出すのは昭和40年代の初め頃からだと思うが、それ以前は、家を構成する柱、梁、壁など、ほとんどの材料に自然素材が使われていた。「家の造り様は夏をむねとすべし」と徒然草に兼好法師が書いたように木造の軸組み工法の家は開口が大きく、風が良く通り自然の匂いも運んできた。それに対し、今のマンションは、ほとんどの材料が人工的な素材からできていて気密性が非常に高くなっている。従って、今の家は外からの匂いを感じない。もし匂いがあればVOCのような人体にとって有害な物質が含まれているのではないかとの疑念を持たれかねない。

 

科学技術の恩恵と昔を懐かしむ感情

 生活環境は、空調設備が整い居住性が昔に比べ格段に良くなっている。一方で、科学技術が進めば進むほどヒトは昔のことを懐かしむ感情が湧いてくる。超高速のリニアモーターカーの実用化が注目されるなかで、ゆっくり走るSLや都会の路面電車にも人気が集まるようなものである。昔の生活を懐かしむ感情は、多分、自然から離れ過ぎてしまうことに対し本能的な不安があるからではないだろうか。産業革命以後の科学技術全盛の時代は、15万年前に誕生したとされる現代人(ホモサピエンス)の歴史から見れば、ごく最近の僅かな時間であり、圧倒的に長い間、人類は大きな動力を利用できず、自然といわば素手に近い状態で向き合ってきた。そのため自然を畏れる気持ちが遺伝子に埋め込まれ、現在の我々にも、さらには将来の人類にも潜在的に受け継がれると考えられる。高度成長期の日本は、科学技術の進化に邁進するなかで、自然を振り返る余裕があまりなかった時代でもあった。20世紀の後半からこの点に関する反省の気持ちが様々な観点から芽生えてきて、SDGsが提唱される時代を迎えている。私が携わっている建築で言えばコンクリート、鉄、ガラス、そしてプラスティックスが主な素材であることは今後も変わらないと思うが、そのなかで少しでもその土地の気候風土に根差した伝統的な自然材料や工法を取り入れる考えを拡げて行くべきではないか。自然材料による伝統工法は均一な品質に仕上げることが困難だったり、工程的な面でも効率的ではないところがある。そのため、長い時間をかけて築かれた貴重な技術ではあるが、品質管理上採用が難しいことは否めない。しかし、建築において科学技術の進展と伝統技術の伝承を同時に満たそうとする取組みは、これからの社会をより快適、且つ潤いのあるものにでき、自然から離れすぎない生き方を可能とするために大切なことである。

 

モンゴルの都市集中現象

 話題が変わるが、モンゴルの建築技術の支援活動に参加し、同国を訪れる機会を得た。モンゴルは日本の約4倍の国土に約300万の人たちが暮らしている。大草原に牛、馬、羊を放牧しながら移動可能なテント式のゲル(写真-1)で暮らす遊牧民の国である。しかし、近年この生活スタイルに大きな変化が生じているようである。即ち、経済的に安定した生活を求めて、多くの遊牧民が首都ウランバートルに移住し、今や総人口の半数ほどがウランバートルに集中しているとも聞いた。その結果、中心部の中高層の建築群をゲル地区と呼ばれる低層の建築群が取り囲む形で都市が形成されている。

 市の中心部には3階建て程度の組積造の建物、社会主義時代に旧ソ連の技術で建てられた壁式プレキャストの5階建てや9階以上の集合住宅(写真-2)、及びラーメン構造による高層や超高層の新しいオフィスやマンションが数多く存在する。そして、その周囲には、インフラも十分でない環境の中で、移住してきた多くのもと遊牧民が暮らしている。彼らは自分の敷地を塀で囲い、伝統的なゲルを建てて住み始めることが多い。インフラが整備されていないのでトイレは屋外に穴を掘って使っている。そのため地下水の汚染なども心配されている。このような暮らしをどのような形で改善すれば良いか、いろいろな取り組みや計画が検討されている。ゲル地区を近代的な高層建築に建替えるべきか、あるいは都市に集中せず遊牧民として育まれた伝統的な暮らしの知恵を生かし、オンライン技術も活用して、広大な土地に分散して住んでも豊かな暮らしができるような新しい生活様式を選択すべきだろうか。訪れた遊牧民のキャンプで、小学校低学年くらいの少女の、自分の馬を自在に繰って草原の中に遊んでいる屈託のない笑顔が印象的だった(写真-3)。

 

おわりに

 コロナ禍後の新しい生活様式のあり方がいろいろ議論されている。その中で3密を避けるためにも、また、大地震時の防災対策にとっても大都市の過度な一極集中現象をどのように緩和できるかは大きな課題である。日本では、高度経済成長期に開発された広大な敷地をもつ住宅団地が郊外に多く開発された。しかし、それらの団地は都心への通勤の不便さもあり、住民の高齢化が進むとともに。空室化率が高くなってきて、多くの問題を抱えている。しかし、リモート会議を利用して在宅勤務の可能性が広がれば、必ずしも通勤時間の長さは問題にならなくなる。むしろ広大な敷地に残る豊かな自然環境のなかで、自然の匂いに接しられる都心にはない快適な生活空間が得られるので、若い世代の住民が増え、団地を再び活性化することが可能になるではないか。エレベータがなく高齢者の住居として困難になっている5階をサテライトオフィスに活用すれば、住民が徒歩で通勤して、それぞれの本社とリモートで繋がる新しいビジネス環境が創出できるかもしれない。もちろん実現までにはいろいろな障壁があり簡単ではないと思うが、いずれにしても、コロナ禍後は生活様式の歴史的転換が余儀なくされる。人材豊富な学院OBのなかから、知恵と工夫に富んだ新しい提案が発信されることを期待したい。

㈱クライン建築研究所 代表

NPO建築技術支援協会(サーツ)理事