【OBの活躍】「これまでの道のり、学院が与えてくれたもの」 63期 梅原優樹
2012(平24)卒 63期 梅原優樹 L組 文
(海上自衛隊音楽隊 ティンパニ・打楽器、ピアノ・キーボード奏者)
「これまでの道のり、学院が与えてくれたもの」
学院での3年間は、思い返せば現在の私の骨子を形成してくれた期間でした。一日のほとんどを一緒に過ごし競い合った部活の先輩、同期、後輩、、また恩師の方々とは、今でも連絡を取り、原点を再確認しています。戴いたこの機会に、何が今の私を形造ったのかを思い返してみることとします。
学院時代と東日本大震災
現在は音楽演奏を専門とし、全国様々な場所で、また時には海外にも渡って演奏活動をしておりますが、学院入学当時はこのまま大学に進学し、手堅い職業に就くのか、或いは音大を目指すのか、今一つ道筋がはっきりしておりませんでした。高等学院の先生方といえば、研究者としての自らの専門分野にフォーカスし、非常に独自性の強い授業をされるのが特色であることは誰もが知るところと存じます。受験勉強から解放され、正解のない課題を与えられ続けること、自らの言葉でアウトプットする経験を幾度も積めたことで、「なぜ音大を目指すのか?ただ、好きなことをして生きたいということだけなのでは?」と自らに疑問が生じ始めたことを憶えています。
色々と悩みながら、幸いにも大きなコンクールで何度か結果を出せるようになった高2の冬、東日本大震災が起こりました。戦後最大とも言える大災害は、無数の尊い命を奪っただけでなく、私達の社会と人々の考え方に大きな影響を与えたように思います。一瞬で積み上げてきた人生が吹き飛ばされること、極限状態では物資、資源の量が生命線であるということを実感させられました。
震災が起こったあの瞬間、私は学院の旧大講堂で楽器を弾いていました。聞いたこともない轟音が鳴り始め、壁面の破片が崩れ落ちるのを目の当たりにして即座に避難した後、大講堂は使用禁止となって取り壊されました。吹奏楽部の活動も大きく制限されることとなり、プロのアーティストも興行を軒並み中止しました。娯楽に関わる産業が相次いで自粛をしたことで、自身の目指す将来に大きな不安を感じることとなります。
大きな傷を負った社会のなかでは、音楽活動にも意味が求められることとなりました。芸術が社会に何をもたらすのか、その問いに対しての引き出しが私にはまだ足りないと思ったため、文学部に進学することを決めました。プロを目指すための音楽活動、という意味では高校生活で一区切りとなりましたが、目的が定まったことによりむしろモチベーションが安定し、全国規模のソロコンクールで2度優勝することとなり、卒業時には高等学院学芸賞をお贈り戴きました。
文学部時代の学び
戸山での4年間も、学院生活と同様に実りあるものでした。哲学コースに進学し、学んだなかで最も強く記憶しているのはヴァルター・ベンヤミンの「パサージュ論」「複製技術時代の芸術」「歴史の概念について」です。ベンヤミンは娯楽、芸術が持つ力をポジティブ、ネガティブ双方から徹底的に精査しています。そこには一方的なポジションに基づいた論理はなく、冷静に芸術の功罪を論じていることに、自分が求めていたのはこのテクストだった、と感慨深い思いがありました。ベンヤミンによれば、娯楽・芸術には人の精神を破壊できるほどの中毒性があり、複製技術が実用的となった20世紀にはプロパガンダのために芸術が多用されることとなります。芸術が大衆を操作するためのアイテムとなりつつあるなかで、ベンヤミンはむしろ、芸術が民衆の手で社会を動かすための一手となり得ることを論じました。一流の研究者のもとでこのテクストを解読する経験ができたことはとても光栄であり、音大進学を諦めたことにも意味があった、と思うことができました。
音楽大学大学院を経て海上自衛隊音楽隊へ
文学部卒業後、音大卒レベルの実技試験を経て洗足学園音楽大学の大学院に進学しました。4年ぶりに戻ってきた音楽の世界は、学生全体に対して1%にも満たないプロ団体のポストを全力で奪い合う、極限の競争社会であり、ブランクもある中、必死でオーディションを受け続け、現在の職場のたった1名の枠に合格を戴くことができました。
何のために音楽家として生きるのか。国民の皆様のために音楽を演奏するいま、ようやく分かってきたように思います。海上自衛隊音楽隊は、国内外で日本を代表する音楽隊として、さまざまな国際儀礼演奏を行い、また全国ありとあらゆる地方にお伺いし、生演奏を提供するとともに、私達の組織について紹介する活動をしています。また、災害時には被災地へと赴き、復興支援活動に従事しながら被災者の方々のための演奏を行うこともあります。
全方位を海に囲まれている日本では、海上自衛隊の艦艇、航空機が24時間365日片時も気を許すことなく、この平和で広大な国土を護るため大海原を廻っております。また、日本経済は海運事業に非常に大きく依存しており、世界的に問題となっている海賊行動によって日本船、ひいては国民の皆様の生活が脅かされることを防ぐため、遠い外洋で貿易船を護衛しているのも海上自衛隊の艦艇です。このような、国の根幹を支える厳しい営みがまだまだ充分に認知されていない現状があり、全国で演奏活動をしながら、国民の皆様にお伝えしております。
常にこの国のため、目的をもって音楽を演奏している今の毎日は、学院生の頃に直面したあの疑問がなければ、辿り着くことはなかったかもしれません。当時の出会い、学びに深く感謝、ということで結びといたします。