【思い出】 「直木賞作家 藤田宜永君を偲ぶ」 20期 吉田重雄

1969(S44)卒 20G 吉田重雄 経済

直木賞作家 藤田宜永君を偲ぶ

 

「吉川英治文学賞」受賞後に行ったG組クラス会(平成29年4月:高田馬場「桂」にて)  中央が藤田君、左端が筆者

 直木賞作家藤田宜永君は令和2年1月30日に亡くなりました。享年69歳。「直木賞」「吉川英治文学賞」を受賞、数々の文学賞の審査委員も務め、作家として脂が乗っているときに亡くなられたことは、親しい友人である私個人だけでなく、藤田フアンにとっても大きな悲しみかと思います。

 藤田君とは昭和41年4月に学院に入学し、G組で同じクラスになりました。爾来54年が経ちます。彼は学院で留年し卒業名簿は21期ですが20期G組の仲間です。文学部に進み中退、フランスにわたり、昭和55年に帰国。その間約11年間は付き合いにブランクがありました。

 彼の帰国後の文筆活動はフランス本の翻訳(『シャンゼリゼは死体がいっぱい』『ウサギ料理は殺しの味』)から始まりました。そして昭和61年に『野望のラビリンス』で小説家として本格的にデビューしました。以来令和元年までたくさんの作品を残しましたが、その中で受賞した著作は次の通りです。

 『鋼鉄の騎士』:「日本推理作家協会賞」「日本冒険小説協会特別賞」

 『巴里からの遺言』:「日本冒険小説協会最優秀短編賞」

 『求愛』:「島清恋愛文学賞」

 『愛の領分』:「直木賞」

『大雪物語』:「吉川英治文学賞」

 受賞作品ではありませんが、私が好きな作品は、『ダブル・スチール』『樹下の想い』『壁画修復師』『転々』『異端の夏』『戦力外通告』『和解せず』『血の弔旗』『わかって下さい』、探偵的矢健太郎シリーズ、探偵竹花シリーズなど、多々あります。

 彼は作家としてだけではなく、「日本推理作家協会賞」「オール讀物推理作家新人賞」「島清恋愛文学賞」「大藪春彦賞」「さばえ近松文学賞」「アガサ・クリスティ賞」などの文学賞の選考委員も務めていました。

 私は彼と同級生としての付き合いだけでなく、作家藤田の応援団でもありました。私の書棚には彼の著作80数冊がありますが、彼と私は作家と読者だけの関係にとどまりません。  

 彼が『愛の領分』(平成13年:文藝春秋)で直木賞を受賞した後、雑誌『文藝春秋』(平成14年8月号)の「同級生交歓」に、私が記した文章とともに彼と一緒の写真が掲載されました。私が心臓ペースメーカーの埋め込み手術をしたとき、彼は私の入院経験を取材し、心臓ペースメーカーを埋め込んだ男を主人公にした短編『蛮勇の猫』を執筆しました(単行本『左腕の猫』(文藝春秋)に収録)。また、私が自著を上梓する際、彼は私の本の帯とプロローグを書いてくれました。

 作家という仕事は小説の構想を考え、文章を書くに際して、大きなストレスを感じるのだと思います。彼がヘビースモーカーであるのはその解消のために吸っていたのかもしれませんが、高血圧でもあることを知る私は、彼に禁煙と血圧管理を注意したこともあります。

 彼に肺癌が見つかったのは2年前、「吉川英治文学賞」を受賞した翌年です。「吉川英治文学賞」を受賞した直後に行ったG組クラス会では元気でした。肺癌が見つかったときは既にステージ4で、外科的手術が難しい中、薬による治療法が効き、一時は癌の原発巣は見えなくなったそうです。令和元年は通院で経過観察しながらも、6月にTBS-TogetherにTV出演、12月は日本経済新聞夕刊の「こころの玉手箱」に5日連続でコラムを書くなど、病気と闘いながらも頑張っていました。

 しかし、癌は転移していたようです。 直近1年間の病状や闘病の様子は窺い知りません。訃報は急でした。亡くなったのは1月30日の午前9時44分、その2時間後に藤田君と一番の仲良しの秋山光人君からの電話で知りました。

 翌朝の新聞には「告別式は行わない」と報道されましたが、秋山君が出版社から得た情報をもとに、G組同級生3名で長野県の葬儀場へ行きました。誰一人いない葬儀場に突然に行き、奥様の小池真理子さんは驚かれた様子でしたが、学院時代の誼で納棺前の藤田君のお顔を見させていただき、線香を手向け、お別れすることができました。

https://www.asahi.com/articles/ASN2L4DNSN2KUCVL00D.html

 早稲田では、“中退一流、留年二流、卒業三流”といわれるようですが、学院3年・大学4年で卒業し、就職・定年を迎えた私と藤田君の生き方は違いましたが、お互いに認め合う仲だったと私は勝手に思っています。

 藤田君は私の本のプロローグに次のような文章を書いてくれました。「高校留年、大学中退、という僕と、よくまあ長い間、付き合ってくれたものだと、今にして思えば、感心するばかりである。」 藤田君、私はもう少し君と長く付き合いたかった!